プロローグ : 失 わ れ た 風 景

この記事は基本的にiPhoneから書いています。BGMはTETSUYA KOMURO ARChIVE BOX。懐かしい曲が沢山!
これは小室さん、TMN好きの歳上の友人先生から借りたものです。
僕なんかより全然詳しいので、彼のような人が綴る小室哲哉のほうが面白いんでしょうけとね。
第一章を始めていきます。

いつの世の中も 関係が交わるところで始まる Long tales

TM NETWORKの『Get Wild』のヒットや作曲家として他アーティストやアイドルに楽曲提供するなかで、小室哲哉という名前は多くの人々に知られるようになった。
のちにエイベックスを設立する松浦勝人も当時の若者の王道、松任谷由実を聴きつつも小室哲哉の音楽に注目していた人物である。
松浦勝人氏の経歴をたどると、本筋から反れて長くなってしまうので省略しますが、彼はディスコサウンドのコンピレーション作品を発売するためにインディペンデントなレコード会社エイベックス・ディー・ディーを設立します。
作品のラインナップを増やしていく上で、彼が思い立ったのがTM NETWORKの曲をダンスミュージックにしてCDを作るという企画。そして自ら希望して小室哲哉と巡り合う。
企画の趣旨を小室哲哉に説明している。
もともとはTMNのオリジナルボーカル音源の使用を熱望したが、ソニー・ミュージックの許諾は当然得られるはずもなく、旧知のデイヴ・ロジャースがカバーしてリリースするという形に変更された。
『TMN SONG MEETS DISCO STYLE』と題されたそのアルバムはオリコンチャートTOP10入りした。

古くからのレコード会社は、契約とか取り決めでがんじがらめな時代。
90年代、日本におけるインディペンデントなレコード会社といえば、音楽事務所ビーイングが次々とレコード会社とエイベックスが挙げられます、芸能事務所系ではアップフロントとワーナーのワンアップミュージック(現アップフロントワークス)、ジャニーズ事務所のジャニーズエンタテイメントもありました。
インディペンデントなレコード会社の利点といえば、双方にとって自由が認められるという点に尽きます。規模もさほど大きくないので小回りが利きますしね。
エイベックスが自社制作の邦楽に手を出すにあたって目をつけたのが小室さんだったのでしょう。
小室さんにとっても新興勢力であるエイベックスは魅力的だったはずです。
なぜなら限りなく自分の理想に近い創作活動、プロデュースができるからです。
1991年、自身が参加するグループTM NETWORKがアルバム『EXPO』で最大ヒットを記録し、他アーティストへの楽曲提供も順調に行われている時期です。
1992年、松浦勝人の発案もありレイブ系のユニットtrfは始動します。
音楽業界は、いわゆるビーイング系と呼ばれる音楽事務所ビーイングがプロデュースするアーティスト達が次から次へと投入され、ブーム最高潮となる1993年に向かっていた。
ビーイング系はサビのフレーズをタイトルにすることが多く、小室さんもそこを意識してかTMNで『一途な恋』、trf『寒い夜だから…』を作っている。

trfはTetsuya komuro Rave Factoryであり、小室さんの名が冠されていることからも、そのプロデュース濃度の濃さは想像できると思います。
意外にも早いうちから注目されていて、CMソングにもなった『EZ DO DANCE』のヒット&露出の開始でエイベックスは攻勢をかけていきます。
それが『愛がもう少し欲しいよ』とtrfらしさの光るダンスチューン『Silver and Gold dance』の同時発売。実験みたいなものですよね。
それらもスマッシュヒットとなり、『寒い夜だから…』のロングヒットでアルバムへの期待は高まりました。『寒い夜だから…』はジャケット写真の差し替えを断行してましたよね。
たしかYU-KI一人のセッションだったと思いますが、初期のはカメラ目線で差し替え版は目を閉じてるやつだったような。
立て続けにシングルがヒットしていたtrfは年明け2月にアルバム『WORLD GROOVE』を発売する。
これが90万枚を超える大ヒットとなり、小室さんがTN NETWORKでは成し得なかったミリオンセラーに肉迫、しかもアルバムでだ。

trf
小室さんとエイベックスの夢を踊り始めたtrf、1994年より大躍進が始まる

このアルバムの2か月ちょっと後に、新聞紙上を衝撃の全面広告が飾った。
小室哲哉の音楽の発信基地ともいえたTMNの 終了である。

trfの成功は小室さんの人生を変えたといっても過言ではない。
念願のミリオンセラーは目前に迫り、プロデューサーとしてではあるがやりたいことができる環境。
おそらく当時のエイベックスで小室さんに意見できる人はなかったでしょう。
松浦勝人の回想を読むと、余程悔しい想いをしたのだなと思っちゃいますもん。
でもそのくらい小室さんは結果を出していたものね。

いつの世の中も 関係が交わるところで始まる Long tales

『EZ DO DANCE』で名が知られ、『寒い夜だから…』のロングヒットからのアルバムの大ヒット。
続くシングル『survival dAnce 〜no no cry more〜』『BOY MEETS GIRL』での連続ミリオンセラー、さらにはリミックス風アルバム『billionaire』もミリオンとなる。
プロデューサー小室哲哉は一躍シーンの最前線に立ったのである。

このあともエイベックスから請け負ったEUROGROOVEやhitomiのプロデュースも始まる。
また、篠原涼子に提供した『恋しさと せつなさと 心強さと』が空前のロングヒットとなり、翌年2月ににシングル『もっともっと』8月にシングル『Lady Generation』、アルバム『Lady Generatioon 〜淑女の世代〜』まで担当しヒットさせている。

▶︎TM NETWORK ORIGINAL SINGLES 1984-1999
▶︎TRF 20th Anniversary COMPLETE SINGLES BEST
▶︎WORLD GROOVE
▶︎Lady Generatioo 〜淑女の世代〜

小室ファミリー大活躍の1995年頃からのお話、第二章『Feel Like dance』は来月頃にアップできると思います。それではまた。