光GENJI Compilation Album
HIKARU GENJI BEST
PONY CANYON / Myこれ!クション
2002年10月17日発売(CD : PCCA-01783)

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Presented by PONY CANYON

TL

1. STARLIGHT
(作詞:飛鳥涼・作曲:チャゲ&飛鳥・編曲:佐藤準)
(C) 1987 Yamaha Music Entertainment Holdings, Inc. & ROCKDOM ARTISTS

1987年8月19日発売の1stシングル。最高1位、48.9万枚。
少年少女の想像力を刺激する歌詞の世界観、主にチャゲによるメロディーが突き刺さる。


2. ガラスの十代
(作詞:作曲:飛鳥涼・編曲:佐藤準)
(C) 1987 Yamaha Music Entertainment Holdings, Inc. & ROCKDOM ARTISTS

1987年11月25日発売の2ndシングル。最高1位、68.1万枚。
前作より約20万枚売り上げを伸ばし、当時のアーティストでも最高クラスとなる。


3. パラダイス銀河
(作詞:作曲:飛鳥涼・編曲:佐藤準)
(C) 1988 Yamaha Music Entertainment Holdings, Inc. & ROCKDOM ARTISTS

1908年3月9日発売の3rdシングル。最高位、88.9万枚。
出す度に売上を伸ばして、社会現象となっていった彼等の人気を象徴する最大ヒットナンバー。
ジャニーズ・アイドルとファンのための歌にすら思える。
ようこそここへ 遊ぼうよパラダイス
胸のりんごむいて
大人は見えない しゃかりきコロンブス
夢の島まではさがせない


4. 地球をさがして
(作詞:吉澤久美子・作曲:都志見隆・編曲:佐藤準)
(C) 1989 FUJI PACIFIC MUSIC,INC.

1989年3月6日発売。最高1位、47.2万枚。
光GENJIの失速が疑われた駄曲。これをシングルにしたスタッフの決断は正しいとはいえないかも。


5. 太陽がいっぱい
(作詞:作曲:大江千里・編曲:中村哲)
(C) 1989 FUJI PACIFIC MUSIC,INC.

1989年7月20日発売の7thシングル。最高1位、69.3万枚。光GENJI全シングル売り上げ第2位。
『地球をさがして』で落とした売り上げを挽回させたのは、稀代のメロディー・メーカー大江千里のマジック・ポップだった。
どこまでも儚くて、どこまでも危なげな青春の煌めきを詰め込んだような曲は少年、少女の胸に響くような仕上がり。
出来たら『APOLLO』の頃に、良い声の時にカバーしておいて欲しかったのだけど、ガラガラ声になったあとセルフカバーしています。
ジャニーズ・ジュニアが今でも歌ってるようなので、知ってるヤングな人多いかもしれませんね。


6. 荒野のメガロポリス
(作詞:作曲:飛鳥涼・編曲:佐藤準)
(C) 1990 Yamaha Music Entertainment Holdings, Inc. & ROCKDOM ARTISTS

1990年2月7日発売シングル。 最高1位、26.4万枚。
1位の記録は守ったものの、売上枚数は半分以下となり、光GENJI現象が完全に失速したことを世に知らしめることになった1曲。以降は累計20万枚の時期を経て、累計10万枚代で最後まで駆け抜けます。
意外にも終わりまで、固定ファンはいたのかもしれません。


7. CO CO RO
(作詞:森浩美・作曲:馬飼野康二・編曲:船山基紀 、コーラス編曲:椎名和夫)
(C) 1990 FUJI PACIFIC MUSIC, INC.

1990年8月18日発売のシングル。最高1位、20.6万枚。
カップリング『みつめていたい』は大江千里提供曲。


8. WINNING RUN
(作詞:森浩美・作曲:編曲:馬飼野康二)
(C) 1991 FUJI PACIFIC MUSIC,INC.

1991年8月31日発売。最高3位、14.6万枚。

9. リラの咲くころバルセロナへ
(作詞:康珍化・作曲:後藤次利・編曲:後藤次利、新川博
(C) 1992 FUJI PACIFIC MUSIC, INC.

1992年4月29日発売。最高2位、15.9万枚。
JOC がんばれ!ニッポン!イメージソング。


10. Meet Me
(作詞:作曲:タケカワユキヒデ・編曲:佐藤準)
(C) 1992 FUJI PACIFIC MUSIC, INC.

1992年8月20日発売。最高6位、14,1万枚。

11. 君とすばやくSLOWLY
(作詞:原真弓・作曲:大門一也・編曲:水島康貴、大門一也)
(C) 1993 Johnny Company Inc.

1993年2月19日発売。最高9位、13.7万枚。
ファンキーでポップなので、少年隊の曲みたいであり、一時期のSmapっぽかったりもして、ジャニーズだなーって感じ。


12. 勇気100%
(作詞:松井五郎・作曲:編曲:馬飼野康二)
(C) 1993 NHK Publishing Inc.

1993年5月13日発売。最高7位、10.9万枚。NHKアニメーション『忍たま乱太郎』オープニングテーマ。
社長さんがすごく気に入っていて、何回もいろんな子にカバーさせてるね。


13. BOYS in August
(作詞:松井五郎・作曲:後藤次利・編曲:米光亮)
(C) 1993 Johnny Company Inc.

1993年8月4日発売のシングル。最高5位、12.0万枚。

14. BRAVO! NIppon〜雪と氷のファンタジー〜
(作詞:平井森太郎・作曲:馬飼野康二・編曲:小西貴雄)
(C) 1994 Johnny Company Inc.

1994年1月20日発売。最高7位、10.9万枚。
デジタルな質感が少し新鮮だった。
JOC がんばれ!ニッポン!イメージソング。


15. TRY TO REMEMBER
(作詞:松井五郎・作曲:清岡千穂・編曲:米光亮)
(C) 1994 Johnny Company Inc.

1994年7月21日発売。最高9位、9.7万枚。
フルメンバーとしては最後のシングルになった。


16. Bye-Bye 光GENJI SUPER5
(作詞:松井五郎・作曲:和泉一弥・編曲:水島康貴、コーラス編曲:岩田雅之)
(C) 1995 Johnny Company Inc.

1995年8月2日発売。最高位、9.4万枚。
メンバーの脱退もあったが、そのことが直接的にセールスに影響することはなかったが、このころは後輩のSmapが急成長しており、光GENJIの居場所はもうなかった。


RV



ポニーキャニオンが企画するMyこれ!クションシリーズの一つとして2001年に発売。
帯にはシングルから厳選と書かれているんだけど、ヒット曲の部類に入る『剣の舞』と『Diamondハリケーン』がカットされていたりして、なんとなく残念である。
『地球をさがして』『Bye-Bye』は別に要らなかったと思うし、そこに『剣の舞』と『Diamondハリケーン』になるだけでガラッと印象が変わる。
それ以外にもカットされてる曲は多く、どうしても中途半端な選曲だと言わざるを得ない。

光GENJIといえばダンスとローラースケートが真っ先に浮かんでくる人も少なくないのではないだろうか。
まだかろうじて音楽番組があって、年末の賞レースに華と権威があった。
言うなれば、80年代のアイドル達の最終ランナーとして彼等は駆け抜けた存在だったのかも知れない。
デビューからの3年は、チャゲ&飛鳥とくに飛鳥涼の楽曲を重用し、ただのアイドル・ポップでは終わらせないという提供側の意地もあって、両者のコラボレーションは大成功した。
とはいえ、ジャニーズ事務所にとってまだこの時期は資金的な余裕がなく、レコード会社に丸投げしていた頃なので、権利関係はユルユルでした。
売れてる割にジャニーズが美味しい思いをしていないグループでもあったわけですね。
ヤマハと権利関係で大きく衝突したこともあったという話もあります。

93年前後からのSmapのヒットはジャニーズ事務所を大きく変えて行った。大きな資金が入って、原盤、音楽出版も自前でがっちり握るようになりました。
バーニングは30年前からやってることですけど、ジャニーズの権利ビジネスの確立は意外にも遅かったんですね。

SMAPがジャニーズ事務所にどれだけの恩返しをしたかを考えたらね、辞めたからといって新しい地図を干すとか絶対やってはいけないことだと思うけどね。
それだけの貢献してるでしょ?あの人たち。

その後、97年には自前のレコード会社を設立したり、赤坂に自社ビルを購入したりと変革期を迎えます。

光GENJIが提示したポップなジャニーズ・ソングはその後の数々のグループに影響を与えた。
ただ、やっぱり光GENJIは曲恵まれましたよね!
事務所の過渡期を照らした伝説の彼らの再結成はあるのだろうか。ジャニーズは功績のあるアーティストに対して冷たすぎる会社だと思う。

個人的評価:★★★★★★★★☆☆ 8.5