相川七瀬 1st Studio Album
Red
mOtorod
cutting edge by avex group
1996年7月3日発売(CD : CTCR-18001)

nanase

Produced by Tetsuro Oda
最高1位・245.4万枚

TL

1. 光と影の迷宮
(作詞:SAKUYA、織田哲郎・作曲:編曲:織田哲郎)
(C) 1996 Avex Music Publishing & TV Asahi Music Co.,LTD.

印象的なギターで幕を開けるロック・チューン。シンセサイザーの音が濃さを薄めてくれて、非常に聴きやすい。相川七瀬というアーティストの決意表明、アーティスト・イメージを見事に表した。

2. 夢見る少女じゃいられない
(作詞:作曲:編曲:織田哲郎)
(C) 1995 Avex Music Publishing

1995年11月8日発売のデビューシングル。最高17位、36.8万枚。
ギター、シンセサイザーとかなりシンプルな構成のロック・サウンド。
生ドラムだったら、この絶妙な軽さは出せなかったかも。
エイベックスがスポットCM入れまくってたよね。


3. LIKE A HARD RAIN
(作詞:相川七瀬、織田哲郎・作曲:編曲:織田哲郎)
(C) 1996 Avex Music Publishing & TV Asahi Music Co.,LTD.

1996年4月17日発売の3rdシングル。最高8位、30.4万枚。住友生命保険CMソング。

4. SHAKE ME BABY
(作詞:相川七瀬・作曲:森徹也、織田哲郎・編曲:秋葉伸実、森徹也、織田哲郎)
(C) 1996 TV Asahi Music Co.,LTD. & Avex Music Publishing

織田さんのソロにも時々あるんですよね、クネクネ系の曲。

5. Sayonara
(作詞:相川七瀬・作曲:編曲:織田哲郎)
(C) 1996 TV Asahi Music Co.,LTD. & Avex Music Publishing

アルバム用の新曲。オケはデジ・ロック。

6. BREAK OUT!
(作詞:作曲:編曲:織田哲郎)
(C) 1996 TV Asahi Music Co.,LTD. & Avex Music Publishing

1996年6月5日発売の4thシングル。最高4位、33.6万枚。
3rdシングルがスマッシュ・ヒットし、アルバム前のトドメの1曲として放たれたのは、デビュー曲『夢見る少女じゃいられない』を連想させる『狙った』ナンバー。


7. GLORY DAYS
(作詞:相川七瀬、井出功二・作曲:編曲:織田哲郎)
(C) 1996 Avex Music Publishing & TV Asahi Music Co.,LTD.

変化球として存在するアルバム曲。ラップとかは要らないと思うけどね。

8. Love me
(作詞:相川七瀬・作曲:編曲:ホリエアキラ)
(C) 1996 TV Asahi Music Co.,LTD. & Avex Music Publishing

アルバム用の新曲。あまり好きではない。

9. バイバイ。
(作詞:作曲:編曲:織田哲郎)
(C) 1996 TV Asahi Music Co.,LTD. & Avex Music Publishing

1996年2月7日発売の2ndシングル。最高19位、16.6万枚。
姉貴が好きだった曲だけれど、自分はそれほどでもない。


10. 最後の夜
(作詞:相川七瀬・作曲:編曲:織田哲郎)
(C) 1996 TV Asahi Music Co.,LTD. & Avex Music Publishing

3rdシングル『LIKE A HARD RAIN』カップリング。シリアスでシンプルなバッキングにのせ、憂いを秘めた歌唱でどこか強気で弱い女の心情を歌う。個人的にはかなり好きな曲。

11. 今でも…。
(作詞:相川七瀬・作曲:編曲:織田哲郎)
(C) 1996 Avex Music Publishing & TV Asahi Music Co.,LTD.

4thシングル『BREAK OUT!』カップリング。賑やかなバッキングに、織田さんのコーラスまで聴こえる。
偶然なのだろうか…ZARDの『二人の夏』と全く同じフレーズが登場する。そういえば、全く同じタイトルの『こんなに愛しても』という曲もあるな。
♪ 変わらないでね そのままで大好きだった笑顔だけは
相川七瀬 / 今でも…。

♪どうかずっと変わらずにいて 大好きだった笑顔だけは
ZARD / 二人の夏 (作詞:坂井泉水 作曲:栗林誠一郎)


RV



プロデューサーの織田哲郎氏がインタビューで明らかにしたところによると、彼女はソニーとビーイングが主催したオーディションで落選した人材だったという。
相川七瀬に将来性を感じた織田氏は、両者の許可を得たうえで相川と交流を続け、プロジェクトが形になるところで、ビーイングに話を持ちかけたが『ウチではやらない』とお断りされてしまい、当時新興勢力だったエイベックスに持っていったということのようだ。
ビーイングのお抱えライターSは、このことを織田さんがビーイングを裏切ったという根拠に仕立てていたようだけれども、このライターは大黒摩季の件でも適当なことを書いていたから鵜呑みにしないほうが良いかもしれない。

ちなみに同時期に織田さんは、かつてビーイングがプロデュースした中畑幾久子を中沢晶に改名して、織田さん周辺のスタッフと組ませてBA-JIとしてデビューさせている。こちらはビーイングから。
ビーイングからソニーに移籍するにあたりBAJI-Rという名前に改名している。マネジメントはビーイング期もソニー期もスターダスト。

エイベックスの松浦勝人さんはエイベックスが陥ってた小室哲哉依存の状態に危機感を持っており、有能なプロデューサーを手当たり次第口説き落としていた。角松敏生さんにはプロデュース用のプライベート・レーベルavex ideakを用意したほど。
松浦氏のインタビュー記事によると、織田さんにはEvery Little Thingになる前の持田香織のデモテープを聴かせているが、織田さんは興味を示さなかったという。松浦さんは持田の声がZARDっぽいと思ったという発言もしているので、だったら織田さんだと思ったのかも。

デビュー曲『夢見る少女でいられない』がいきなりスマッシュヒットし、そこはエイベックス!止まることなく立て続けにシングルを出していきました。どれもそこそこ売れて『期待』は高まっていました。
処女作ながら、初登場55万枚という数字がその期待の大きさを表している。

90年代は作曲家として一連のビーイングプロデュース作品を生み出してきた織田氏がトータルでプロデューサーとして参加したのは彼女が初めてではないだろうか。
ソングライティング、アレンジ、アーティスト・イメージのプランニング、マネジメントの一部までのまさにトータルプロデュースであった。
当時、織田さんはビーイングとアーティスト契約中だったため、ビーイングが織田さんに与えていたT's STUDIOで一部レコーディングが行われており、エイベックスの作品ながらビーイングのエンジニアが起用されている。

僕はこのアルバムは当然リアルタイムでしたけど、当時聞いた時も現在改めて聴き直してみても感想は変わらなかった。
やはり少し残念なアルバムというか、もちろんシングルは個々に良いんだけど、アルバム曲が織田さんらしくないというか、ちょっと手抜きしてる気がする。
1stだけは、ソングライティング含め全曲フル・プロデュースして欲しかったというのがあって、アルバム曲も捻りなしに直球で来て欲しかった。
『GLORY DAYS』はまだ良いとしても『SHAKE ME BABY』『Love me』は好きになれないなあ。
最後のカップリング2曲が、良い曲だったから救われたけど、『Miss You』とか『情熱に死す』とかが入ってたら、聴くのつらいもん。

同時期にリリースとなっている華原朋美の『LOVE BRACE』と比較すると、音楽性は全く違うけれど、1stアルバムということと、ひとりのプロデューサーによる力作という共通点がある。
織田さんはすごい作曲家で、しっかりとアレンジもできる人だとは思うけど、全体の眺めを客観的に見ることが苦手なのかなと思った。
小室さんは作り込み過ぎちゃうところはあるにしても、全体のバランスはよく考えてる感じがする。



ただ一つだけ言えることはビーイングからデビューしていたら、相川七瀬はここまで注目されることはなかったと思う。だからエイベックスと組んで正解だった気がする。勢いがある作品ですよ。

個人的評価:★★★★★★★★☆☆ 8.5