ZARD
ZARD CD&DVD COLLECTION No.37 風が通り抜ける街へ

発売元:アシェット・コレクションズ・ジャパン株式会社
株式会社ビーイング公認商品
2018年6月27日発売

zard37



1. 風が通り抜ける街へ
(作詞:坂井泉水・作曲:織田哲郎・編曲:徳永暁人)
(C)1997 Be Kikakushitsu

1997年7月2日発売の21stシングル。最高3位、28.1万枚。日本中央競馬会 '97 SUMMER JRAキャンペーンCMソング。
Every Little Thingが売れている頃であり、売り上げを大きく落としている。アレンジに問題あるかも。


2. 今日はゆっくり話そう
(作詞:坂井泉水・作曲:大野愛果・編曲:徳永暁人)
(C) 2004 Be Kikakushitsu

2004年11月24日発売の39thシングル。最高5位、3.3万枚。月桂冠『月』CMソング。

3. Lonely Soldier Boy
(作詞:坂井泉水・作曲:栗林誠一郎・編曲:明石昌夫)
(C) 1991 Be Kikakushitsu

イントロからギターが唸り、激しいビートを効かせたロック寄りのナンバー。
なんとなく大黒摩季のコーラスが聞こえる気がする。
2ndアルバム『もう探さない』より。


4. I feel fine, yeah
(作詞:坂井泉水・作曲:三好誠・編曲:古井弘人)
(C) 1999 Be Kikakushitsu

ミリオンセラーとなったアルバム『永遠』より。
作曲はrumania montevideoの三好誠。三好の妹の真美もコーラスで参加している。
1998年前後からは、ビーイング関西と言われたGIZAの若手ミュージシャンが参加するようになった。


5. Hypnosis (「素直に言えなくて」収録ver.)
(作詞:坂井泉水・作曲:編曲:岡本仁志)
(C) 1999 Be Kikakushitsu

37thシングル『MIND GAMES』のカップリングが初出。没後に発表された『素直に言えなくて featuring Mai Kuraki』のカップリング。
元GARNET CROWの岡本仁志によるリアレンジ。


6. 翼を広げて (ピアノ)
(作曲:織田哲郎・編曲:池田大介)
(C) 1993 Nippon Television Music Corporation & Be Kikakushitsu

DEENの2ndシングルとして作詞提供した楽曲で、坂井泉水没後に44thシングルになっている。

7. 風が通り抜ける街へ (Original Karaoke)
(編曲:徳永暁人)
(C) 1997 Be Kikakushitsu

カラオケ音源。

8. 今日はゆっくり話そう (Original Karaoke)
(編曲:徳永暁人)
(C) 2004 Be Kikakushitsu

カラオケ音源。



初めての人もそうじゃない人もオススメ





表題曲は織田哲郎作曲ながら、大幅に売り上げを落としている。
特別曲が悪いわけでもなく、大手のタイアップもあったのにこの結果しか出せなかったのは、一つにZARDが飽きられてきていたということが言えると思う。
1992年のブレイクより、売れ続けてきたZARDだったが、5年ぶりにシングルで30万枚を下回ってしまった。6thシングル『負けないで』以降50万枚を切ることはなく、アルバムは『HOLD ME』以降ミリオンを切ったことがなかったので、その売り上げがいかに高水準だったかがわかる。
『風が通り抜ける街へ』を発表した97年でさえ、『Don't you see!』『君に逢いたくなったら…』2枚のシングルは、いずれも60万枚を突破しているので、今作の売り上げダウンには別の原因があると思います。
その間に起きたことといえば、セレクションアルバムとして『ZARD BLEND』をリリースしたこと。
セレクションアルバムとはいえ、実質はベストなのでベストアルバムを出したことによる影響の線も捨てきれない。
ベストアルバム出すと多くのアーティストは売り上げが落ちてゆくので。
もう一つこの間に起きたことといえば、avexの Every Little Thingがブレイクして1stアルバムがミリオンセラーとなったこと。
そのあとも快進撃は続き、シングルヒットを連発していきました。
avexとはいえ、彼らはダンサブルに主軸を置いていませんでしたから、音楽的には競合する相手ですよね。ファン層も被ったと思います。
若いリスナーは目移りしますからね。私自身、ELTを聴いていたわけですし。
ELTのプロデューサーでコンポーザーだった五十嵐充さんはZARDを好きだったと言われています。
さらに松浦勝人社長の『持田の声がZARDに似てた』発言からして、イメージの一つとしてZARDの路線を狙って、予想以上に売れたというのが実情かもわかりません。

ELTのブレイクした曲は『Dear My Friend』でしたよね。
ZARDのミリオンセラーシングルに『マイフレンド』ってあるんですよ。(笑)
ZARDがマンネリしていたということもあるけれど、ELTが競合相手となりファンを持っていった。そう見るのが自然なような気がします。
商業音楽の下克上は、仕方ないことなのです。