松任谷由実 Live Album
YUMING VISUALIVE DA・DI・DA
EXPRESS / 東芝EMI
1986年6月25日発売(CD : CA40-1263 / CT : ZH36-1692)

▼カタログ
限定盤につきなし

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Produced by Masataka Matsutoya
Sound Produced by Satoshi Takebe
最高1位・約11.5万枚

TL

1. もう愛は始まらない
(作詞:作曲:松任谷由実・編曲:武部聡志)
(C) 1985 KIRARA MUSIC PUBLISHER

DA・DI・DA』より

2. 破れた恋の繕し方教えます
(作詞:作曲:松任谷由実・編曲:武部聡志)
(C) 1984 KIRARA MUSIC PUBLISHER

NO SIDE』より

3. 魔法のくすり
(作詞:作曲:松任谷由実・編曲:武部聡志)
(C) 1983 KIRARA MUSIC PUBLISHER

流線形'80』より

4. 私なしでも
(作詞:作曲:松任谷由実・編曲:武部聡志)
(C) 1978 KIRARA MUSIC PUBLISHER

紅雀』より

5. BABYLON
(作詞:作曲:松任谷由実・編曲:武部聡志)
(C) 1985 KIRARA MUSIC PUBLISHER

『DA・DI・DA』より

6. 水の影
(作詞:作曲:松任谷由実・編曲:武部聡志)
(C) 1983 KIRARA MUSIC PUBLISHER

REINCARNATION』より

7. SALAAM MOUSSON SALAAM AFRIQUE ~ 不思議な体験
(作詞:作曲:松任谷由実・編曲:武部聡志)
(C) 1983/1984 KIRARA MUSIC PUBLISHER

SALAAM MOUSSON SALAAM AFRIQUE:『NO SIDE』より
不思議な体験:『VOYAGER』より


8. REINCARNATION
(作詞:作曲:松任谷由実・・編曲:武部聡志)
(C) 1983 KIRARA MUSIC PUBLISHER

『REINCARNATION』より

9. キャサリン
(作詞:作曲:松任谷由実・編曲:武部聡志)
(C) 1978 KIRARA MUSIC PUBLISHER

『流線形'80』より

10. DOWNTOWN BOY
(作詞:作曲:松任谷由実・編曲:武部聡志)
(C) 1984 KIRARA MUSIC PUBLISHER

『NO SIDE』より

11. 真珠のピアス
(作詞:作曲:松任谷由実・編曲:武部聡志)
(C) 1982 KIRARA MUSIC PUBLISHER

PEARL PIERCE』より

12. わき役でいいから
(作詞:作曲:松任谷由実・編曲:武部聡志)
(C) 1981 KIRARA MUSIC PUBLISHER

水の中のASIAへ』より

13. DANG DANG
(作詞:作曲:松任谷由実・編曲:武部聡志)
(C) 1983 KIRARA MUSIC PUBLISHER

『PEARL PIERCE』より

14. 14番目の月
(作詞:作曲:荒井由実・編曲:武部聡志)
(C) 1976 ALFA MUSIC

『14番目の月』より

RV



僕が初めて由実さんのコンサートを観たのは、『VIVA』のツアーでたしか代々木だったと思います。(記憶を整理したところ、実際はラストウェンズデーでした)
古くからの由実さんファンの知人に連れて行ってもらったのですが、もうその頃の由実さんの声は現在に近いものがあったので、このライブ盤のような80年代、自分が特に好きな時期の由実さんのCDのイメージに近い声で聴いたことはありません。

現在ならひっくり返ってしまいそうな高音もちゃんと出てます。
『私なしでも』はCDより好きかも。
『SALAAM MOUSSON SALAAM AFRIQUE ~不思議な体験』の合体はコーラス隊の方が素晴らしく幻想的、その神秘的な印象が『REINCARNATION』にうまく繋がっている。
一言、言うとしたら『生で観たかった』・・・なんですよ。時のすれ違いですな。

このライブ盤CDを貸してくれたのも、6回もの苗場も、『POP CLASSICO』も『Road Show』も帝劇も全部前出の知人(Mさん)が誘ってくれました。
Mさんとは二丁目つながりでお知り合いになりました。
ゲイの世界にいなければ、自分より二回りも上の人と知り合う事、ましてや世代を超えて仲良くなることはなかったでしょう。
少し気難しい自分の(笑)心を理解ってくれ溶かしてくれた方。
吉田拓郎とユーミン命で、いつも元気で明るい方でした。
でもそれは彼の顔のひとつで、とても神経が細やかで繊細な一面もありました。
お客さんに喧嘩を売られて罵られて本気で傷ついたり、大恋愛に破れて本気で泣いたり。

そんな彼が昨年、61年の生涯を閉じました。
初期の胃がんで手術もうまくいき、絶対治るはずでしたが、退院後無理をしてしまったのでしょうか。
肺炎をこじらせて亡くなってしまったのです。

今年とそれ以前チケットを取れなかった数回を除いて、全ての苗場に行っていた筋金入りのユーミンファン。チケットを取れなかったからと熱海に旅行に出かけたこともあったそうです。(笑)
『歌えなくなっても、そこにユーミンがいるだけでいい!』
『苗場でまた来年お会いしましょう!と言われると頑張らなきゃって思う』
子供のように、まっすぐに、そう話していた。
どんなアーティストにも、似たような思い入れを持つファンはいるでしょうけど。
学年は1つユーミン のほうが上だけど、ユーミン と同い歳ということを支えにされてました。

自分が好きだったアーティストが亡くなった時、落ち込む僕に『坂井さんはいないけどユーミンがいるじゃん!また苗場行くよ!』って言ってくれた笑顔が忘れられません。
あなたが好きだった『水の影』また聴いてしまいそう。

…だけど、最後に一緒に行ったユーミン苗場。

Naeba

あなたが『最後の恋』だとおっしゃっていた相手の彼が、一緒に来てくれたこと本当に良かったと思っています。
思えば、僕が行かなかった苗場の帰りにMさんから長文のメールがありました。
そこには二人が別れたことが書いてありました。
しばらくはショックを受けてたみたいですが、別れたからといって突き放したり、相手を責めるような発言をすることも皆無でした。
…彼のことを話すときは、まるで自慢話でもするかのように、いつも楽しそうでね。
二人が別れた後でも、私や他の人がその相手の方と交流を続けているのがうれしいとも言ってました。

きっと彼もMさんとの出会いで、開かれた扉があったのでははいでしょうか。

個人的評価:★★★★★★★★★☆ 9




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